VP-60
部隊は1994年9月1日に解散している。同年に解散した対潜哨戒飛行隊は6個飛行隊に及び、我々の身近だったVP-22も解散となった。因みに1994年解散の部隊は、VP-22、VP-49,VP-60、VP-67、VP-90、VP-93の6個飛行隊。関係はないが、VRC-50も同年に解体された。
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(1970〜1994)

VP-60は、大西洋方面の哨戒を担当していた予備役の哨戒飛行隊であるから、厚木で撮影できる機会はめったにない。私も一度も見た事さえない部隊だった。先輩や友人から送って頂いた写真を見ると、尾翼のコブラがとても素敵である。イリノイ州のNAS グレンビューと言う所を本拠地にしていたそうであるが、極・・偶に日本に訪れて写真マニアから姿を捉えられた。VP-60が創設されたのは1970年9月1日、この時VP-60番台からVP-94までの対潜哨戒飛行隊が同時に12飛行隊創設されているから、対潜部隊の大幅な拡充時期であった訳だ。イリノイ州と言えば大都市シカゴを思い浮かべる。VP-60の部隊用広告写真もミシガン湖からシカゴの市内を背景にP-3B空撮を行っている。NAS グレンビューは、アメリカ大陸内陸部にある海軍航空基地として1937年ごろから海軍に使われ始め、俳優のロバート・テイラーやジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)大統領、ジェラルド・フォード大統領などもこの基地で訓練を受けたと記録が残っている。
VP-60は、ネプチューン対潜哨戒機からスタートし 1974年5月にP-3Aに更新、1980年5月にB型に更新、1994年3月に部隊として実質上活動停止するまでの間 85,000時間の安全飛行記録を打ち立てた。1994年P-3C型を使っていた部隊は、Update-Vにグレードアップされており、最後までC型を受領できなかった予備役飛行隊は解散の運命にあった。
VP-60のP-3Bは、1985〜1986年に度々厚木基地に飛来したそうである。特に1985年上半期は、太平洋哨戒部隊のローテーションに組み込まれていた為飛来が多かったが、この時の尾翼”はLS”のレターとコブラのみでビューアルナンバーが消えていた。写真は厚木基地を離陸するVP-60のP-3B/Bu.No.153441
Wings

↑ 上の写真と同じ機体で撮影時期も1976年8月であるが、こちらは、本拠地のNAS グレンビューで撮影されたもの。本機は後にUP-3Tなどに改造されたが、引退後はタイのタパオ博物館で展示されているらしい。

↑ こちらは、1978年にNAS ウィグローブで撮影されたVP-60のP-3A/LS-3/Bu.No.152158。尾翼のコブラは、首をもたげて鎌首を開いているデザインに替っている。

↑ 1976年に厚木基地に飛来したVP-60のP-3A/LS-6/Bu.No.152184。尾翼にはとぐろを巻いた蛇が長い舌を出している。部隊ニックネーム”コブラ”の特徴は無いが、デザインとしては面白い。イリノイ州のNASグレンビューからの珍客だった。